Project Story #01

「和」の感性を
継承する街の中で、
「農のある暮らし」を提案。
分譲住宅地
「HANA MIZU KI」。

埼玉県春日部市・藤塚――。ここは、東京メトロに乗り入れる東武スカイツリーラインを利用すれば、都心方面にもスムーズにアクセスできる好立地でありながら、市の中央を流れる古利根川をはじめ、季節感あふれる自然と田畑の景色が広がるエリアだ。ポラスグループは、この地のポテンシャルに目をつけ、豊かな自然と人々の暮らしが融合する街づくりに着手。そこで重視したのが、その土地の気候風土を活かし、自然と共生してきた日本古来の暮らし方である。ここでしかできない街づくりを目指して、コンセプトに掲げたのは「農のある暮らし」。これは、ポラスグループの新たな挑戦でもあった。

Member

  • 戸建分譲設計本部 設計二部 営業企画設計課

    池ノ谷 崇行Takayuki Ikenoya

    2003年入社

    入社後、分譲住宅の営業に従事。翌年、実施設計部門に異動。2007年より現在に至るまで、分譲住宅の企画設計、プロデュースを担当している。これまで「グッドデザイン賞」を4度受賞の他、「住まいの建築デザインアワード入賞」をはじめ、受賞歴多数。

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01

確信したのは、「ここでしかできない
街づくりができる」ということ

2018年6月。長年にわたって分譲住宅の企画設計を担当してきた池ノ谷 崇行は、初めて埼玉県春日部市・藤塚の地を訪れた。池ノ谷は、その時の印象をこう語る。
「河川敷には菜の花が咲き誇り、川面には来たる夏を感じさせる太陽の光がきらきらと反射している。さらに水辺からの爽やかな風を感じたとき、とても心地よく、どこか懐かしい気分になったのを覚えています。これまでもさまざまな地で街づくりを行ってきましたが、初めて訪れた地でそんな気分になったのは初めてのことでした。その時確信したんです。『ここでしかないできない街づくりができる』、と。」(池ノ谷)
この時の池ノ谷の確信が、後に「HANA MIZU KI」と名付けられる、22棟からなる分譲住宅地のプロジェクトをスタートさせる原動力となった。池ノ谷はこれまでも、地域特性・コミュニティ形成にこだわったプロジェクトを数多く手掛けてきた。たとえば、地域の歴史を次の世代に継承させるため、既存の「蔵」を中心としてその周辺に新築の住宅を建築した「ことのは 越谷」。住民同士のコミュニティ形成の場として分譲地内にカフェを設けた「ワンリンク 西大宮」など、その取り組みは各方面から高く評価されている。その根底にある考えは、ポラスグループの経営理念でもある「地域文化の価値の創造」だ。
「地域文化の価値を創造するために大切なのは、その地で求められている本質的な部分にいかに気づき、いかに対応できるかだと思っています。そのためにまず取り掛かるのは、その地域との関係性の構築です。その地の課題は、地域に根差し、理解を深めていった先にしか見えてこないのです。」(池ノ谷)
こうした池ノ谷の考えは、春日部市・藤塚のプロジェクトでも、全面的に展開されることになる。

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02

自然と共生し、
人とのつながりを大切にする
「和」のライフスタイル

春日部・藤塚のプロジェクトのエリアは、市街化調整区域に指定されていた。市街化調整区域とは、住宅や施設などを積極的に作らない地域のこと。市街化の抑制が目的であるため、住宅や商業施設の建築は原則として認められていない。ただし、条件付きで住宅建築が許可される場合がある。春日部・藤塚エリアにおける条件は、「一戸の敷地面積を200㎡以上にすること」だった。首都近郊においては、100㎡である「約30坪の敷地」が一般的とされる中、200㎡はその倍の約60坪。市街化調整区域であったことが、結果として、「ゆとりある分譲住宅」を生むことにつながったのだ。そんな前提のもと、池ノ谷をはじめとするプロジェクトチームが最初に手掛けたのが、新たな街づくりのコンセプト立案である。
「川や緑などの自然を感じ、ゆったり流れる時間を楽しめるような住まいをつくれたら――。コンセプトの軸となったのは、初めてこの地を訪れたときの感覚でした。そこから導き出されたのが、自然と共生し、人のつながりを大切にする『和』の感性を街に取り入れることと、新しいのに懐かしい『和』の暮らしを提案することでした。」(池ノ谷)
都市化の進行により、和風住宅に住む人は以前に比べて少なくなったと言われている。そうした中、春日部・藤塚のプロジェクトが目指したのは、自然を身近に感じ、家族と過ごす時間や近所との付き合いを大事にする「和」の文化を見直して、これからの生活に取り入れる新しいライフスタイルの提案だった。たとえば、建物の外観一つとっても、和風住宅に特徴的な大きな軒と切妻屋根を取り入れるなど、懐かしさを感じるデザインを採用している。他にも、縁側や庇、川を借景とするプランニング、木調の内装、一部平屋建てなど、随所に「和」のテイストを盛り込んだ。
そうして、「暮らしを楽しむ」「自然を感じる」「大きく広く暮らす」「造形美と機能美」といったコンセプトを体現する要素が固まっていく中、池ノ谷がこのプロジェクトで挑戦したかったのが「農のある暮らし」の提案だった。これは、池ノ谷のみならず、ポラスグループとしても初めての試みである。では、具体的に「農のある暮らし」とは何なのだろうか。

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03

継続的なコミュニティ形成の
鍵を握る、「農」

「農」とは、すなわち農業である。つまり、新しい分譲住宅地において「農業がある暮らし」を提案するということであり、前代未聞といっても差し支えない大胆かつ斬新なコンセプトだ。
「実は、以前から「農」を取り入れた街づくりに挑戦したいという想いがありました。なぜなら、シンプルに人が土に触れることは大切なことだと思っているからです。これまで手掛けた分譲住宅でも、家庭菜園コーナーを設置するなどの試みを行ってきましたし、今回のプロジェクトでも、各戸にポタジェと呼ばれる家庭菜園コーナーを設けています。しかし、今回の『農のある暮らし』は、単に土に触れる機会を提供するだけではありません。『農』を通して継続的なコミュニティを育める街をデザインすること。それこそが、私たちが目指すべき『農のある暮らし』だと思っています。」(池ノ谷)

春日部エリアは、稲作や果樹栽培などが比較的盛んな地域だが、時代の流れとともに休耕地となった田畑が荒れ、問題にもなっていた。そうしたエリアに新築戸建分譲地を計画するにあたり、地域活性や新たなコミュニティ形成に資するツールとして、池ノ谷は「農」に着目したのである。
問題となったのは、「農」を実践するための一定規模の農園を確保することだった。そこで、分譲地周辺に広がる田畑に目をつけ、土地所有者との交渉を重ねた。「農のある暮らし」というコンセプトへの理解は得られたが、条件等で折り合いが付かず、農園の確保は難航。しかし、最終的に分譲地に隣接する土地の所有者に快諾いただき、100坪(約300㎡)の借り上げが決まった。その後、行政サイドとの折衝を経て「農のある暮らし」は具現化していく。さらに池ノ谷は、農園を新住民のコミュニケーションの場とするだけに留まらず、既存住民と新住民がコミュニケーションを図り、新たな地域コミュニティを形成することを目指した。既存住民である農家の方は土地を貸すだけ、新住民は土地を借りるだけという関係に終わらせるのではなく、「農」を既存住民、新住民をつなぐツールとしても活用できると思ったのだ。種まきから管理、収穫までの定期的かつ継続的なコミュニケーションによって、新たな地域コミュニティの醸成を図っていく。それが池ノ谷の目指す姿なのだ。

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04

やるなら、誰もやっていないことを。
手探りで実現した「農のある暮らし」を
新たなモデルケースに

春日部・藤塚の22棟の分譲地は、「HANA MIZU KI」と名付けられた。この名前には、二つの意味が込められている。一つは、漢字で「花水木」と書くことから、春日部・藤塚エリアの豊かな自然と川の潤いに呼応していること、もう一つは、丈夫で育てやすく、美しい花が長持ちするハナミズキが持つ「永続性」という花言葉から、ここでの暮らしが永く続くことへの願いだ。
こうしてつくられた22棟の住宅は2020年6月から販売が開始され、ほぼ同時期に着工、順調な売れ行きを示しており、完売間近の状況だ。2020年暮れからはいよいよ入居が開始される。現段階では、「農のある暮らし」が実際にどのようなものになるかまだ不透明だが、池ノ谷は新住民が入居後に「農」に関するワークショップなどのイベントを開催することで、「農のある暮らし」の魅力を訴求していく考えだ。
「実は、プランニングしていた当初は、果たして売れるのか、売れ残るのではないかという不安がありました。一つは、駅近物件などに比べれば立地は決して良くないこと。そしてもう一つは、新たな挑戦だからこそ『農』に対して興味を持ってもらえるか、どれだけ共感してもらえるかどうかが未知数だったことです。したがって、順調に売れているということは、私たちの提案を受け入れていただいている証でもあり、うれしく感じています。これまで、多分1,000棟以上の戸建分譲住宅を手掛けてきましたが、『HANA MIZU KI』は私の中ではトップクラスに入る自信作。やり切った達成感のあるプロジェクトでした。」(池ノ谷)
池ノ谷が自信作と自負するように、今回のプロジェクトで自身4回目となる「グッドデザイン賞」を受賞した。池ノ谷が目指した、「新住民、既存住民のコミュニケーションの場を創出し、『農』というツールを使い継続的につなげていくデザイン」が評価されたのだ。今後池ノ谷は、こうして出来上がった「HANA MIZU KI」を、郊外型分譲地の新たなモデルケースとして、シリーズ化・水平展開していく考えだ。すでに、春日部・篠塚のような、市街化調整区域内の特例土地の用地確保が進んでおり、社内外から、池ノ谷の次の挑戦への期待が高まっている。最後に、池ノ谷に設計者として大切にしていることを聞いた。
「人と同じことはやらない、誰もやっていないことをやることを心掛けています。そしてゴールをイメージする。イメージできれば、やるべきことは自ずと決まってきますから。今後も、まだ誰もやっていないことに挑戦して、新しい暮らし方、新しいコミュニティを創造していきたいです。」(池ノ谷)