「蔵」と暮らす

江戸時代末期に建てられた蔵を曳家によって移動し、
原風景を今に残し、魅力を後世に伝え、
地域の活性化拠点に作り上げることをコンセプトに、
古くからある建物を補修し、
分譲住宅の一部として利用しました。
日本の和歌に用いられて来た
「ことば」を表す古語「ことのは」。
完成した「蔵のある街」は、
旧日光街道に残る古き良き街並みと調和し、
新しい物語がこの住まいから紡がれていきます。

Profile

池ノ谷 崇行Ikenoya Takayuki
株式会社中央住宅 戸建分譲設計本部
責任者としてプロジェクトを進め、行政、地域住民
その他関係各所との調整を行う。
またデザイナーとして蔵及び新築4邸のプランニング等
すべてのデザインを手がけた。

:江戸時代から現存した蔵

2013年9月、調査を進めていく中で、その蔵は「油屋」の屋号を持ち、持ち主は江戸時代から続く家系であることがわかりました。またこの一角はその屋号が語る通り、油商の店が開かれ、多くの人が往来する場所であったことが判明しました。さらに持ち主が残していた古文書などからは「天保」や「明和」の文字を読み取ることができ、そこからこの蔵の推定竣工年齢は江戸の後期から末期の可能性も強まりました。
  1. 今回、修繕し保存した蔵(内蔵)以外に他に2棟の蔵(米蔵・粕蔵)が現存していた。樹齢の経過した松の木も数本ありタイムスリップしたかのような不思議な空間がそこにあった。
  2. 柱・梁・壁の仕上げ材など状態のいいものは保管し活用していく。
  3. うだつは日本家屋の屋根に取り付けられる防火・装飾をいう。今日うだつのある街並みは少なくなっている。
  1. 漆喰仕上げの開き扉・蝶番も稼働し、開閉ができる。今は鍛治職人も減り当時と同じ施工は困難。
  2. かつて生活のために利用されていたと思われる水瓶。その味わいある風貌から、この水瓶が伝われていた古き良き時代の趣が伝わってきた。
  3. 現代では貴重な大型の御影石が庭に敷き詰められていて、情緒ある風景がそこにはあった。
  4. 大小様々な玉石が庭のアクセントになっている。
  5. 一切の金具、接着剤無しで玉石のバランスのみで積み上げられている灯篭。外構にも当時の職人の技が光る。
調査時に外観は漆喰が剥がれていたりと痛みは散見されましたが、歴史を感じさせる堂々とした出で立ちに感動しました。内観は痛みが激しかったのですが柱、梁等構造材はしかっりとしていて残すことが可能だと判断。初めての取り組みなのでどうすれば残すことが出来るのかと不安になる部分もありましたが、「原風景を今に残す」という想いが強くなりました。

曳家工法を用い蔵を移動

2014年3月、第一工程として曳家※という工法を用いて蔵を所定の位置まで移動させます。100t以上ある蔵をジャッキアップさせ、鉄骨のレール上を走らせます。
※曳家とは……古くから伝わる伝統工法。歴史的な建築物や貴重な文化財等をそのままの姿で移動して保存したりするときに使われる工法。
2014年10月、第二工程として蔵を180度回転させて道路側に開口部を向けました。近隣の越ケ谷小学校の3年生120人の児童に課外授業の一環として曳家体験をして新たに作った基礎の上に乗せ土台と基礎を連結させました。

蔵の補修工事に着手

2015年1月、足場を組み、いよいよ補修工事に着手しました。現在の瓦と違い密に設置されている当時の瓦はいかに手間ひまをかけてつくられたかが伝わってきます。屋根漆喰の技術のある職人も数少なくなりこれだけ屋根を仕上げるのに相当な時間を要しました。壁厚は40cm以上あり、いくつもの大震災をくぐり抜けてきたことが伺えます。そして、既存の壁の表面を剥がし新たな漆喰の壁として生まれ変わりました。
2015年6月、下屋も付き建物に風格が出てきました。白と木目のコントラストが綺麗です。室内の柱・梁は当時のものそのままに。フロアや造作の棚は杉材で新たに作成しました。木の香り漂う空間に仕上がりました。

丁寧な手仕事を加え、住まいを築く

伝統的な工法の曳家工事を近隣の小学生にも体験してもらい、プロジェクトの過程でも地域の方に越谷の歴史に触れてもらうことができたと感じています。地元の方はこの蔵の存在は知っていて「よく残してくれた」と感謝のお言葉をいただきました。
修復の工事中は一部解体するたびに想定していなかった問題が起き、それらを1つずつ解決しながら工事を行いました。時間はかかってしまいましたがこれから、新たな歴史を刻んでいく建物にするために妥協のない作業が続きました。
各邸、蔵との関係性を重視してプランニングを行いました。「坪庭ごしに蔵を愛でることが出来る」など、等敷地条件によってテーマを決めていき、「和」を感じさせる空間を各邸に表現し形にしました。
古材の利用もそれぞれ使い方を変え、化粧材や家具として歴史を感じさせる空間のアクセントとして使用。古材が故に均一な素材ではないので、現場で職人と打ち合わせを行いその場で納め方を決めていきました。その甲斐あって他にはない「ことのは」だけの上質な空間を創ることができたと感じています。

未来へと続く架け橋

2013年にスタートしたプロジェクトは2年半という歳月を重ねて完成することができました。蔵は最新の技術や職人の優れた技を駆使して現在に蘇り、この街や地域に新たな交流の場を創出しています。

この歴史ある蔵を大切に利用する

大切なモノを収納していく蔵。そこには過去に保管したものをやがて「取り出す」という未来性を有しています。しかしこのプロジェクトで新しく生まれ変わった蔵は、地域の方々の中心となる場所として人と人との交流を結んでいく役割を担っています。人と人とのふれあいによって豊かな未来が創造されていくことでしょう。次の世代へと歴史ある蔵は未来を育む場所として大切に利用されています。

「蔵」と共に暮らす4邸

歴史と伝統の香りが漂う旧日光街道をすぐそこに感じる場所。それが蔵のある街。迎えてくれるのは旧街道の文化と調和するように建つ蔵。そこから御影石の道が通り、その路地に面して4邸の家が配棟されています。それぞれの家が異なる和の世界観を持ち、蔵と融合しながら情緒豊かな街の風景をつくり上げています。
4邸の家はそれぞれ異なる和の表情をもちながらも、そこに共通するものがあります。蔵とのつながりを意識してまちづくりを進めていく上で配棟計画においても追求しました。一つ一つ異なるコンセプトを持つ4邸の家。そのため蔵の見え方も違います。4つの優雅な空間の中に特別な蔵の風景が広がります。
風情を醸し出す御影石を敷き詰める。

蔵のある街に一歩、足を踏み入れた瞬間に感じるのは独特な風情。それを醸し出すために御影石が敷き詰められた道路も一翼を担っています。U字溝ではなくスリット側溝にすることで石の連なりが壮観な味わい深さをもち且つ、和の美しさが広がります。そういった情景と重ねながら、一歩一歩蔵のある街の道を進む中で足元から上質の和の世界が広がっていくのがわかります。

地中埋設電線で美しい街並みをつくる。

「空が広い」。これも『ことのは越ヶ谷』の魅力です。その理由は電線や電柱が見当たらないからです。この街では電線を地中に埋設することでそれに伴う電柱もなくしました。空を覆う電線が無くなることで空を大きく望むことができ、広々とした開放感を形成しています。それが街の情景をさらに豊かに演出しています。

「灯りのいえなみ協定」による幻想的な景観。

蔵のある街では、日没後に各邸の街灯が自動的に点灯する「灯りのいえなみ協定」を実施。これにより防犯的な効果を高めながら、街全体を優しくライトアップしていくことで幻想的な美しさが広がり昼間とは違った表情を見せてくれます。

『蔵のある街づくりプロジェクト』の特長

今回のプロジェクトで保存・改修をした蔵のある街区・住居を、単に分譲住宅として提供するのではなく、住まい手同士が中心となり、蔵を核とした魅力ある街区づくり・活用方法を共に考えていくという形でプロジェクトを進めていくことになりました。
まちづくり相談処油長内蔵として
生まれ変わる

About

概要
所在地:埼玉県越谷市越ヶ谷3丁目2番19号
開発面積:644.52㎡
宅地面積:472.16㎡
油長内蔵概要

寄贈された蔵は、母屋と軒続きに建てられ、
家の内部から出入りする「内蔵」として使用されていた。
この蔵の元所有者である山崎氏は、かつて当地で油商を営み、
地元では「油長(あぶらちょう)」という屋号で呼ばれたことから
「油長内蔵」と言われている。

名称:油長内蔵(あぶらちょううちくら)
所在地:埼玉県越谷市越ヶ谷三丁目2番19号
推定竣工時:江戸時代末期
(1868年以前、推定築年数約150年)
敷地面積:100.16㎡
延べ面積:48.96㎡(14.8坪)
1階/24.48㎡(7.4坪)2階/24.48㎡(7.4坪)
高さ:7.2m
構造:土蔵、木造2階建て、屋根・瓦葺き、
外壁・漆喰塗り

history

2013年
9月:本物件開発用地視察
10月:調査開始
2014年
1月:米蔵、粕蔵、その他解体開始
3月:曳家工事着工
10月:小学生曳家体験
11月:曳家最終工程完了
12月:戸建分譲4邸プラン決定
2015年
1月:蔵補修工事着工
3月:開発許可取得
3月:宅地造成工事着手
5月:宅地造成完了
6月:新築4邸着工
7月:蔵補修完了
9月:グッドデザイン賞受賞
9月:越谷市初の景観協定取得
2016年
1月:新築4邸完成
越谷市に蔵を寄贈
ことのは景観協定運営委員会設立
2018年
紺綬褒章受章
グッドデザイン賞受賞時の審査委員の評価

江戸末期に建てられた蔵を曳家によって移動し、再生することで、
豊かな町並みへの貢献と同時に、新築4邸の分譲住宅地の目玉として
付加価値化したプロジェクトである。
ビジネスの目線と街並みへの貢献意識を両立させたことが素晴らしい。

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